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英国ソリテュード雑記1

三十年ぶりのロンドンに到着。黒いタクシーからみる風景が私に何も訴えかけて来ないのが不思議だ。
なつかしさ、異国の地への驚き、期待と不安などないまぜになった感情に包まれるかと想像していたが、実際はあっけないほど易々とその場所を受け入れた自分がいる。十三時間余りのフライトを過ぎ、時差を抱えた体が、これ以上の感情のほとばしりで体を疲れさせないために、感性を鈍くしているのかもしれない。

ケンブリッジの風景古きも新しきも石でできた建物や道路は、どこか埃っぽいよそよそしさを漂わしている。そして、その想いは二週間を経た今も変わらない。かつてケンブリッジで学んでいた頃、見知らぬ地でのストレスから胃の痛みを抱えながらも日々が鮮やかに記憶にある。そんな自分を俯瞰しながら、現在とは確実に違う自身を発見し、その対比をどのように評価したらよいのか思いあぐねている。もしかして時を重ね、経験値を増やすとは、このような曖昧な感情をもつということなのだろうか。

毎年誕生日の前になると、どことなく心が騒ぐ。誕生日のその日を待ち遠しく思うというよりも、生を受けたその時期、体の深い場所で突き上げるようなエネルギーが感じられる。春という命輝く季節に、生まれおちた感謝を思う。

今年はその日、ケンブリッジを訪れることにした。ロンドンのビクトリア・コーチ・ステーション(遠距離バス発着ターミナル)から北へ2時間ほどいった大学町は、かつて英国人家庭に滞在し勉強をした場所である。下宿先は三か所かわり、その記憶も薄れ、かつて親友となったスイス人とも次第に疎遠になっていった年月の中で、わたしの心はどのような感情に包まれるのか、それだけを知りたいと思った。

バスを降り立ったその場所は、見渡す限り広がる芝生公園にあるバス停だった。何の情報ももたずそこで降ろされたとまどいは、すぐに「馴染みの場所」に来たくつろぎにとってかわった。その気持ちは、目の前の警察署でもらった地図を片手に歩きだしてみるといっそう確実になった。行く先も決めないままにも関わらず、心は足を追い抜き、ライオン・ヤードに向かっているのだ。その場所こそかつて、スイスやドイツから来た、クラスメートと待ち合わせをした場所である。赤いライオンの顔を高々とビルの壁につけたそのひそやかな場所は、今では喧騒に満ちたショッピングモールに様変わりをしていた。しかし、その横にある日曜市に立ち並ぶストール(屋台)は、かつてと同じだった。アンティークや手作り雑貨、色とりどりの布、ジャムや果物を売る庶民的な活気は相変わらず私を夢中にさせる。

ケンブリッジの風景離れがたい想いを残しつつ、すでに足はかつての学校へと向かう。住所など記憶になかったが体が覚えているのであろうか、その場所に歩が進む。三十分ほど歩くと青いドアはそのままに、最初に通った学校があった。さらに小一時間歩くと、よくベンチに座っていた広大な芝生公園であるジーザス・グリーンに到着した。ベンチにすわり目をとじる。風の香り、風の音。そこに交じる子供たちのさんざめく声、カム川をパンティングしながら(棒で川底をつきながら、進むボート遊び)進む水音。

ケンブリッジの風景黄色く花をつけているのは水仙だろうか。ゆっくりと目を開け周囲を見渡す。タイムスリップをして三十年前のわたしを俯瞰する。あの頃はこの広大な自然の中で、わたしは意味もない不安と緊張で何かにおいたてられるかのように、落ち着きを無くし、都会育ちの身で自然を享受する方法もしらなかった。海馬の記憶はなつかしさと愛しさを刺激し、現在の私の感情をやさしく満たす。

ケラウンド・チャーチの風景荘厳なキングス・カレッジ、馴染みのフィッツウィリアム美術館、奮発して入ったティールームでデヴォンシャー・クリームとジャムをたっぷりつけて頬ばったスコーン。丸くかわいいラウンド・チャーチ。それらすべてがわたしの経験の傍証として今もそこにあることへの感謝が沸き起こる。

変化とスピード、そして魂を満たす何かに焦がれるように生きて来た私の考え方の対極にあるような佇まいが、今その魂を満たしてくれている。

思い出を語るのは私らしくない、それらは心の奥にある、わたしのソリテュード(積極的孤独)のゆりかごの中でそっと発酵させておくもの。そしてある日、発酵したものは新しい知恵や創造物となり、現われてくるのだ。そんな創造の源となる時間への認識はあったが、その源になる佇まいをこれほど大切に感じたことはなかった。

暖かい温もりと決意にも似た想いに包まれて、帰路につき大きな公園を横切っていた時、目の前に巨大な虹が広がった。それはそれは大きく、くっきりと美しい色だった。かつて広大な空間に翻弄され、胃の痛みを鎮めていたその場所に、今、視界をさえぎることもなく見る壮大な虹。わたしは天からのバースデー・プレゼントに息を飲みゆっくりと薄れゆくその虹を心にいっぱいほおばった。

by @kazumiryu

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